01幼馴染と立ち上げた、200万円のブランド
荒川雄太郎の人生を語る上で欠かせないのが、音楽だ。中学からドラムを叩き、進学校に通いながらも勉強そっちのけでバンド活動に明け暮れた。大学も音楽を続けられる場所を選び、並行して洋服の仕事にも興味を持ち始める。
転機は1999年。幼馴染であるアーティスト2人が、あるユニットのアルバム制作費を元手に「洋服を作りたい」と持ちかけてきた。生地屋で技術を学んでいた荒川は、その想いに応える形で28歳のとき3人でブランド『SWAGGER』を設立。元手はわずか200万円、最初に作った服はたった5、6アイテムだった。
「風を切って歩く」という意味を持つブランド名の通り、SWAGGERは瞬く間に話題を呼んだ。年商は創業翌年から急拡大し、やがて20億円規模に。デザイナーの一人が手がけるモード系ブランド『PHENOMENON』はニューヨーク・ソーホーにも進出し、東京とアメリカの二拠点でブランドを世界へ届けていた。
02リーマンショックが奪った、天国から地獄
2008年、リーマンショックがすべてを暗転させた。稼いだ利益を注ぎ込んでいた不動産は売却もできず、それでいて運転資金は要る。従業員を減らし、生産拠点を海外から国内に切り替えるなど手を尽くしたが焼け石に水。2013年、ついに会社は破産する。
残されたのは、会社として5億円、個人の連帯保証として1億8000万円という巨額の負債。差し押さえの赤紙が届き、督促の電話が鳴り止まない。当時まだ保育園に通っていた子どもたちを実家に1ヶ月ほど預け、債権者の前に立ち続ける日々が始まった。
「お金になるものを身につけているじゃないか」と、質屋に品を置いていくよう迫られたこともある。それでも自己破産という逃げ道は選ばなかった。怒号を浴び、謝罪を重ねる5年間を経て、仕入れ先への負債をすべて完済する。
それだけが、洋服の世界で生き続ける方法だった。天国から地獄を経験した男の流儀
03洋服でしか生きられない男の、次の挑戦
破産の混乱のさなか、『PHENOMENON』の商標をMCMが買い取り、荒川はMCM Fashion Group Japanでの活動として再スタートを切る。同じタイミングで立ち上げたのが、現在の株式会社レオだ。
2021年、共にブランドを育ててきたデザイナーの盟友が47歳の若さで病死する。相棒を失ってなお、荒川は洋服の世界を離れなかった。「この世界しか知らないから」。30年かけて積み上げてきた、どの工場でどう縫えば服に唯一無二の価値が宿るかという知見は、もはやノウハウではなく探究心そのものになっている。
商標登録やロゴ制作、シルエットの構築まで。20億円を動かした栄光と、どん底で培った不屈の対応力のすべてを、次世代の創業支援へと注ぎ込む。60歳まで最前線を走ると決めた男の眼差しは、かつての頂点よりも高く、そして深く、クライアントの未来を見据えている。
本編に書ききれなかった話
PROFILE

株式会社レオ 代表取締役。大学卒業後、テキスタイル商社で企画営業の基礎を習得。1999年、わずか200万円の元手でメンズブランド「SWAGGER」を設立。年商20億円規模へ急成長させ、ニューヨーク進出や大手ナショナルブランドとのコラボを次々と成功させる。しかしリーマンショックの煽りを受け2013年に会社更生・破産を経験。数億円の負債を背負うも、5年かけて仕入れ先への債務を完済。現在はMCM Fashion Group Japanの営業部長を務める傍ら、自らの「光と影」の経験を武器に、アパレル創業支援やブランディング、内装支援を手掛けている。
SHEET ─ 実物のバリューシート
このストーリーの原点となった、実物のバリューシート(表・裏)です。


UPDATES ─ 最新情報
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